東京高等裁判所 昭和33年(う)2152号 判決 1959年3月16日
控訴人 弁護人 尾崎陞 外一名
被告人 Y
検察官 上田朋臣
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中百日を原判決の本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人尾崎陞、同田中英輝共同作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴趣意第一点の一について。
原審はその適法に取り調べた証拠により原判示第一事実として、被告人は昭和三十三年五月二日午後三時半頃その勤め先である国際電気株式会社事務室において同会社総務部長穴沢兎喜雄から取引先たる光信用金庫本店および同金庫台東支店に預金方を依頼せられ同会社所有の現金十七万五千円および小切手五枚(額面合計百八十一万二千七百四十円)を預り保管中、その頃同会社所有のオートバイに乗つて同会社からまず前記金庫の台東支店に赴く途中で悪心を起こし、右現金および小切手五枚を自己の遊興費等に充てるためほしいままにそのまま同都新宿方面に拐帯し逃走し以てこれらを横領した事実を認定し、右のように小切手五枚についても自己の遊興費等に充てるためこれを拐帯横領した旨判示しておるのであるが弁護人はこの点につき横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを用利しまたは処分する意思と解すべきところ、本件小切手五枚はいずれも線引小切手であり被告人においてこれを現金化することは困難なものであつたので、被告人はこれをその経済的用法に従い利用しまたは処分する意思は最初から全然持たなかつたのであるからこの小切手五枚については横領罪は成立しない旨を主張するを以て案ずるに、横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物を保管する者が他人の権利を排除してその物を自己の所有物のごとくに支配しまたは処分する意思をいい、必ずしもその物の経済的用法に従いこれを利用しまたは処分する意思は必要としないものと解すべく、従つてまた横領行為の一態様であるいわゆる拐帯行為とは、他人の物の保管者が前記のような不法領得の意思のもとに、その保管する他人の物をほしいままに持ち去り、もつて他人の権利を排除し、その物を自己の所有物のごとくに支配しまたは処分し得る状態におく行為をいうものであると解するを相当とするところ、原判決は前記のようにその事実摘示として被告人において本件小切手五枚を前記現金と共に拐帯して逃走した旨を判示し、その事実は原判決の挙示する証拠によりこれを認めることができるから、原判決が右現金の外小切手五枚についても被告人においてこれを横領したものと認定したのは正当であつて、原判決が前段に記載したように右小切手五枚についても被告人においてこれを遊興費等に充てる意思があつたと認定した点について、所論のような事実誤認があつたと仮定しても、その誤認は原判決に何等の影響を及ぼすものでないこと右の説明により明らかであるから、原判決破棄の理由とはならないのであつて、論旨は理由がない。
(その他の控訴趣意は省略する。)
(裁判長判事 滝沢太助 判事 久永正勝 判事 八田卯一郎)
弁護人尾崎陞外一名の控訴趣意
第一点、原判決は、事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。
一、原判決は小切手五枚(額面合計一八一万二千七百四〇円)の横領を判示している。しかしながら、横領の犯意は不法領得の意思を判示している。しかしながら、横領の犯意は不法領得の意思であり、不法領得の意思は権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思であるが、前記小切手については被告人にこのような意思は全く存在しない。すなわち、(一)被告人がその勤務先である国際電気株式会社総務部長穴沢兎喜雄の指示により預金するために預かつたのは現金十七万五千円と前記小切手五枚であるが、預金先たる光信用金庫および同金庫台東支店に赴く途次持ち逃げをした際被告人は単に右現金が目的であつて、小切手はその犯意の対象となつていなかつたのである。前記小切手はすべて横線小切手であるが横線小切手を経済的用法に従つて利用または処分するためにはその所持人が自ら銀行に振込むむか、若くは銀行振込の便宜を有する者に譲渡または依頼して銀行に振込みこれを現金化する方法によらねばならない。ところが被告人は若少な拐帯犯人であつて自ら銀行取引を持たないのは勿論、他人に譲渡または依頼して現金化するような見込は全然なかつたのである。このような被告人が前記小切手を経済的用法に従い利用または処分する意思があつたとは到底考えられない。(二)さればこそ、前記小切手はその後被告人の母親藪崎よねを通じてその本来の所持人である国際電気株式会社に返還せられ何等の被害をも生ぜず、この点についての横領告訴は告訴人から取下げられている。以上の所論は原審公判廷における被告人および証人藪崎よねの各供述ならびに昭和三十三年六月十三日附穴沢兎喜雄の司法警察員に対する供述調書の記載によつても推認されるところであるが、当審においてさらに、穴沢兎喜雄および南千住警察署刑事林清一を証人として尋問を請求する。
(その他の控訴趣意は省略する。)